私の86感

私の愛車の物語です。

10年ぶりの後輩

職場で、10年ぶりに後輩ができた。

親子程離れた若者だ。

私は、コミュニケーションをとるのに戸惑いを感じてしまう。

私も、歳をとったものだ。

そんな私の事を察せずグイグイと私との距離を詰めてくる若者池谷は、何故か私を慕ってくれる。

そんな若者池谷は、新しい職場に来て86を購入した。私や西尾君の影響なのかどうかは不明だが。

しかし、86を買ったのは事実。

私は西尾君と、池谷の納車お祝いツーリングを企画した。行き先は、箱根にある86ピットハウス ロンカフェだ。

池谷自身の慣らしの終わる頃、ツーリングを決行した。

ツーリングメンバーは、私、西尾君、池谷、そしてレジェンド池田さんだ。

朝8時、東名高速道路インターチェンジ付近セブンイレブンに集合だが、予想通り西尾君は遅刻して来る。彼は、昔の私と時々被る。

私は86ピットハウスロンカフェをググると、気付いてはいけないモノを目にしてしまう。

それは、86ピットハウスロンカフェ閉店のお知らせである。

皆に伝えるべきか悩むが、私は伝えた上で箱根に向かう事を決行した。

先頭西尾君、真ん中池谷、最後尾私の順番で出発した。レジェンド池田さんは、私の助手席でナビゲーターだ。

箱根に入ると、自転車の皆さんが危険で仕方がなかった。国は、早く自転車道を造るべきだとつくづく思う。

私には、箱根は近過ぎる。アッと言う間に着いてしまった。展望台にて休憩していると、様々な車やバイクが集う。流石は関東。私は、雑誌やテレビでしか観たことが無い車やバイクを観て感動していた。

そして池谷に、

「よく運転者を見て置け。彼等は、人生の成功者だ。」

と伝えるが、池谷はよく理解していないようだった。

そして、昼食を何処でとるか話し合うが時間的に、小田原か沼津に限定されるのだが、東名高速道路の大井松田を考えると、沼津しか選択できなかった。

下道で沼津港を目指すも、日曜日の恩恵を受けどの道も混んでいる。

沼津港に着く頃には、すでに12時を周っていた。

激混みである。昼食を摂って、何処へ行くか談議する。レジェンド池田さんと池谷のホームコース、日本平を目的地に決め出発する。

日本平に入ると、レジェンド池田さんは肩を落とした。どうやら、当時とは違い道は荒れて、キャッツアイ等走り屋の障害が増えているらしく、とても攻めれたモノでは無いらしい。

頂上の駐車場に着くと、ココも車やバイクが集っていた。しかし、箱根に比べるとグレードが下がる。

フッと知人が言っていた事を思い出す。

東京と地方では、稼ぎが一桁違うらしい。東京と世界でも、一桁違うと。

今日は、それを実感した気がした。

そして、帰りにレジェンド池田さんを家まで送らなければならない為、早目に帰路に着く。

レジェンド池田家は、静岡の山奥にある。日が沈む前に新東名高速道路に乗りたい私は、レジェンド池田さんを送り、山道を爆走した。

86を購入して、初めての事だった。

夕暮れとのバトルだ。

私に余裕は無く、バンパーぐらいはぶつけても構わない走りだった。

前日夜に池田家に泊めさせてもらったのだが、道中前車のテールランプが無ければ、とても走れたモノでは無かった。

恐怖を背に、祈る様に86を走らせる。

東名高速道路の看板が、神に見えた。

「助かった。」

私は、無事家に着く事が出来た。f:id:hide0406:20181105204655j:image
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